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2016-01/31-NoGenre-ギャンブルとゲームへの感想
2016-01-31 Sun 21:52
こんばんは、藤原です。
今まで前置きがぐだぐだしているところがあったので、今回は前置きを大幅にカットして記事に入ろうと思います。

今回の内容は、ギャンブルとゲームについて僕の思っているところを書いていこうと思います。
少し具体的に言うと、僕はゲームは好きなのですがなぜギャンブルにはハマらなかったのか、という点を主軸に書いていきます。

それでは続きからどうぞ。




<麻雀からギャンブルに出会った>
ギャンブルと言えば、パチスロ・競馬・競艇・麻雀とありますが、この中で僕が触ったことのあるのは麻雀だけです。
始めはネット麻雀の『天鳳』『雀龍門』から入り、大学入学とともに学生同士で実物の牌を使っての経験。そして相手を求めてフリー雀荘へ何度か赴きました。今でも基本的な知識はあるので打つことはできます。

逆に麻雀以外のギャンブルはやったことがありません。全く興味がないため触ったことがないのです。
「ほとんどのギャンブルをやったことがないのに、ギャンブルについて語るのは難しくないか」と思われるところですが、僕はこの「麻雀以外に興味がなかった」という部分を語っていこうと思います。


<純粋なゲーム性を求めて>
僕は小さいころからゲームが大好きでした。「決められたルールの中で対戦相手より良い成績を競う」というのが得意であり、達成感を得られるものでした。
ただし、僕は運動神経が悪いためスポーツゲームは好みませんでした。小学生の頃は地元のサッカークラブに入り、中学・高校はソフトテニス部に入り高校時代は部長を務めるくらいには真面目に所属していましたが、運動不足解消くらいの快感は得られても、スポーツに夢中になることはありませんでした。
反面頭の回転は良かったため、受験勉強やテレビゲームといった類は夢中になりました。夢中になり時間をかけるほど理解が深まり成績が上がる。するとさらに熱中し……、というループを辿りました。

弊害として、僕の基本的な考え方・原理原則として「勝者が全て」「負けたら意味がない」というゲームの理論に染まっていきましたから、「自分が勝てなくなったらその”ゲーム”からさっさと撤退するが善」という行動に繋がっていきました。
具体的には、勉強の分野では大学受験時や大学内では自分より勉強(学問)に大きく秀でている人がたくさんいることに気づかされ、「じゃあそいつらに勉強は任せればいいや」と思って途端に大きく興味を失いました。留年の原因の一端です。
また、実は「ゲーム」自体にその理論が適用されつつあり、現状の僕はどのようなゲームも満足にプレイできる環境になく、ゲームをプレイすること自体の意義が迷子になってしまっています。好きですからゲームは続けるものの、目標が全くなくなってしまっています。
なお、小説に関しては(自分では)一定の「勝てる見込み」のようなものを感じているため続けることができています。

話が逸れましたので戻します。
頭の回転が良かったため勉強やテレビゲームに適正があり、似たようなものとしてテーブルゲームがありました。
今回取り上げた『麻雀』や『人狼』、そしてカードゲームに分類される『遊戯王』『ヴァイスシュバルツ』『ヴァンガード』がそれに当たり、こちらもよく遊びました。

と、つまり僕が麻雀をギャンブルとして捉えているのではなく、あくまでテーブルゲームとして捉えていることが強調したいところになります。
そして麻雀を通じてギャンブルというものに出会いました。そのときの「ギャンブル」に対しての感想はどうだったでしょうか?


<お金のやり取りとゲーム性>
ギャンブルとはお金のやりとりが発生するものですが、それは強烈にゲーム性を持っています。
つまり、ゲームの勝敗・スコアとはまた別に、「全体のゲーム終了後の手持ちの金額」という新たな指標が追加されるわけです。
(リアルマネーのやり取りが発生するからプレイヤーが必死になる、という点はこの際置いておきます。)
ゲーム性が追加されるわけですから、単純に見れば、僕はお金のやり取りが発生してなお良しと判断する理屈のはずですが、僕はそこに疑問点を持ってしまいました。

純粋に僕が麻雀で勝てなかったからです。
友達同士の麻雀では良い線を行っていたとしても、リアルマネーの発生するフリー雀荘では負け越してしまっています(はずです)。
お金を失ってしまうことに打撃を受けたわけではありません。僕は基本的に雀荘に行くときは負けを覚悟で用意した負け分の範囲内で遊んでいましたので、実生活の金銭面に響くようなことはありませんでした。
では何が引っかかったかと言うと、「手持ちの金額を増やす」という点に目を向けた際、明らかにコンビニバイトでもした方が稼げてしまうのです。
これはさらに極端な例ですが、麻雀に夢中になっている隣の席の人の財布でも盗んでしまった方が稼げてしまいます。
つまり、「手持ちの金額を増やす」というルールを追加してしまうと、麻雀をプレイすること自体が悪手であるということになるのです。
麻雀がめちゃくちゃ強くて一日に十数万も勝てる人ならまた見地は違うでしょうが、僕の場合はそういう結論に至ってしまいました。
わかりやすく言うならば、冷静な期待値計算をしてしまったということになるのでしょうか。


<パチスロ、競馬や競艇への興味がなかったこと>
一転、話が変わり、麻雀以外のギャンブルについて述べてみます。
麻雀と同じギャンブルだとしても、これらはテーブルゲームではないからハマらなかった、というのが回答です。

パチスロに関してはどうにも興味が湧きませんでした。
少しずつ条件を変えて試行を繰り返し、うまく行かなった悔しさが、たまの大当たりへのスパイスとなる。そういった面白さを僕は理解し得ませんでした。
そういえばよく、パチスロと艦これが似た仕組みとして紹介された画像をツイッターで見ます。
前述の通り僕は艦これの、パチスロ的要素に魅力を感じていないためあまり共感はできませんでした。

次に競馬や競艇についてです。
これらからギャンブル要素を抜くと、スポーツ観戦に近いゲームだと思っています。
僕は野球なりサッカーなりオリンピックなりのスポーツ観戦に興味がありません。そのため競馬や競艇にも同じく興味がないのだと思います。
僕は「ゲームは自分で行うのが楽しい」と思っている節があります。「自分の勝てない(参加できない)ゲームはさっさと撤退する」という理屈にも基づいている可能性があります。
ただし、テレビゲームの観戦は動画サイト等でよく見ることがありますね。単純に僕がスポーツが苦手だからスポーツ観戦を観ないのかもしれません。

いずれにせよ、テーブルゲームである麻雀にはハマりましたが、逆にギャンブル要素のみが共通しているパチスロ・競馬競艇にはハマりませんでした。
僕はゲームは好きですが、ギャンブルには興味があまりなかった、ということです。


<お金に対する価値観>
ギャンブルとはお金のやり取りの発生するゲームです。一般の人がどう、という話は控えておきますが、僕がギャンブルにハマらなかったのはお金に対して興味が薄かったというように自分で考えています。
僕はお金に対する意識がどうにも希薄のようです。希薄、というのかはわかりませんが、おそらく大多数の人とは違うと思います。
僕がお金についてどう思っているか、また大多数の人がどう意識しているか、ということに関しての僕の考えは今はうまく言葉にできないので書かないことにします。すみません。

ただし、どうして僕が大多数の人と違うお金の意識をしているか、ということについて心当たりがあります。
というのも僕が、物事の本質を考えようとする癖があり、その際に現実を切り離しすぎて考える傾向があるということです。
詩的な表現を許してもらえるならば、「夢見がち」だとか「頭でっかち」、「霞を食べて生きている」といった表現が近いと思います。


<創作活動と繋がるお金への意識>
急にうさんくさい話になってしまって申し訳ないです。
最近は創作・同人活動の話をよくしていますが、それと繋げようという気はないのでそこはご理解いただけると幸いです。
あくまで僕のお金に対する意識と似たような話があったことを紹介いたします。

お金に対する意識が希薄、というセンテンスでふっと思い浮かぶキャラクターがいます。
東方projectの博麗霊夢です。
原文を忘れてしまったので適当にググったのですが、原作テキストに「お金の価値も紙や金属以外の何物でもない」という設定が記述されているそうです。
厳密には「物の価値という概念」を持っていないらしいのですが、これは別の意味があると僕は解釈しています。

お金に価値を感じていない、というのをわざわざ記述したということは、お金に対してコンプレックスを抱いていた。それは誰?
制作者であるZUNさんです。


昨年2015年京都大学熊野寮で行われたZUNさんの講演会です。
動画内56:30前後を見てみてください。

「大学出ていきなり同人ゲームを作ろうといったって一作目が売れるまでのお金はどうするの」
「やっぱり同人活動はある程度の資金があってからじゃないと、結果良いものは作れない」
といった内容を話しています。

創作・同人活動は本来お金から解放された活動であるべきなのですが、どうしてもお金の現実的な事情からは逃れられないものであります。
そういったジレンマがあって、ZUNさんは博麗霊夢のキャラクターを説明する一文に「お金の価値も紙や金属以外の何物でもない」というテキストを組み込んだのではないでしょうか。

この想像については正しい保証はありませんし、何より僕自身が「創作・同人活動とお金」について関心が向いているために結び付けた話ですから、(僕が動画を見ているときも、ZUNさんがお金の話のしたあたりはかなり反応して聞いていました)ZUNさんその他の方からひどい誤解だと思われましたら申し訳ない次第です。

まとめますと、僕は創作活動よりの人間であり、そういった人間が持つお金への意識が似通っており、創作ゲーム東方projectの中でそれに心当たりがあった、というお話でした。
ちなみに恐れ多くも僕とZUNさんが似ているだなんて思っておりません!!のでご注意を。
ちょっと考え方が似ている部分があり、創作活動をする人なら通る道なのかなと思ったくらいです。



ちなみに博麗霊夢が「物の価値という概念」がないと根本では思っている点については、それは彼女が「無重力」を象徴するキャラクターだからだと思っています。お金とは別の理由ですね。
無重力、すなわち宇宙へのZUNさんの関心が表れていると僕は解釈してします。東方の前進となる秘封倶楽部の宇佐美蓮子やWin98旧作の北白河ちゆり、また紅魔館組がロケットで月を目指すエピソードなどちらほら出てきます。
宇宙と言うのは幻想と現実の交錯する場なのでこれも現れかと思っています。

これら東方の考察について、ちょっと考えたことがあります。
実は最近、『こちら秘封探偵事務所』という東方の各異変を推理探偵した小説を読みまして、触発されたので次回記事あたりにもで書いてみようと思います。



以上、ギャンブル~ゲーム~お金~創作活動~東方と伝ってきたお話でした。
それでは失礼します。



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